MENU

第0章:『生きづらさ』と【生方アカリ】との出会い

……そういえば、今日はボクの誕生日だったな

某SNS、あるアカウントが誕生日の投稿をしているのが目にとまった。自分も名前は知っている有名人だ。
投稿にはプレゼントであろう品を抱えて多くの仲間に祝われている画像、それと数々の「おめでとう」コメント。
それを見て、今日は自分の誕生日でもあったことを思い出した。

……人間って不公平だよな

誕生日を多くの人から祝福される人がいる一方で、自分のように誰からも祝われない人間もいる。
……まぁ、自分すら忘れていた日を誰が祝ってくれるのかという話だが。

ツンと鼻の奥が痛みを誤魔化すように、スマホをポケットにねじ込む。
それにしてもこの時期は日が落ちると寒くて仕方ない。

……また一つ、歳をくったのか

────今日で自分は何歳になったんだったか。
しばし思いを巡らせ、いつの間にやら30代後半に足を踏み入れていたのだと気づく。

最近は自分の年齢すらすぐには答えられなくなった。
単に物覚えが悪くなったのか、はたまた年々年老いている事実を否定したいのか。

こんな人生がいつまで続くんだろうかね……

自分がこの世に生を受けた特別な日。
だが自分にとっては何の思い入れもない、普段通りの平日だ。

今日も一日、仕事だった。
これから家に帰って寝て、朝が来ればまた仕事へ。何の変化もない。

恐らく来年も、その翌年も同じような誕生日を送るのだろう。
そんな日々が一体いつまで繰り返されるのだろうか。

……やだなぁ。疲れてると嫌なことばかり考える

気を取り直すように視線を前に戻すと、見慣れた我が家が見えてきた。
住宅街の片隅に、まるでホコリをかぶったようにひっそりと建つアパート。

赤錆の目立つ階段を登って曲がった先には、見慣れた玄関扉。
カバンから取り出した鍵を手に、玄関扉の前へ建つ。


……あれ?電気、点けっぱなしだったっけ?

扉を開けて玄関に入ったところで、違和感。
通路の奥、自分の部屋の方からぼんやりと光が漏れている。

────いや、違う。アレは蛍光灯やLEDの光じゃない。
照明の人工的な光より柔らかい……例えるなら、薄曇りの空から漏れる太陽の光のような。

────────光の、球?

通路の壁を伝って、恐る恐る覗き込む。

部屋にはボクより少し大きい、直径2メートルほどの光球が浮かんでいた。

強い、けど眩しくはない不思議な輝き。
光の球は呼吸をするかのようにゆっくりと膨縮を繰り返している。

…………中に────人間?

目を凝らして観察すると、光球の中に”人型”が浮かんでいるのが見えた。
無重力空間にいるかのように揺らめく、まるで光芒を束ねたような長髪。
白く淡い肌。その表面からは輝く粒子が、水蒸気のように絶えず浮かび上がっている。
身に纏っている衣服も見たことがない、例えるなら東雲の空をそのまま仕立てたような質感。

……おや、お帰りですか。少しばかり、待ちくたびれていたところです

遠巻きに怖々と眺めていると──突然に開かれた目と目が合った。
緑雲を連想させる瞳に釘付けになる。すると”ヤツ”は体を起こしてこちらへ向かってくる。
反射的に飛び退き、勢い余って尻もちをついてしまう。

…………えぇと、どちら様で?

動けない状態で、なんとか発せた一言。
“ヤツ”は少し首を傾げてから、一拍置いて軽く微笑んだ。

この身が何者か、ですか?……敢えて名乗るなら、“思念体”でしょうか

“ヤツ”が口を開くと、声が頭の中に響いてきた。
まるで脳に直接語りかけてきているかのように。

コイツは人間ではない。
ここまでも薄々は予感していたが、自分の認識は確実なものとなった。

…………「思念体」?何だそれ?

“思念”とは人間の思考や想いから生じるエネルギー、その集合体であるからこの身は「思念体」です

…………よくわからんが、やっぱり人間ではないらしい。
浮いてるし光ってるし、おまけに体が微妙に透けてるし。

それで……オレに何の用だ?

アナタに用があるというよりは……「アナタの“生きづらさ”に引き寄せられた」というべきですかね

……オレの生きづらさに、引き寄せられた?

なんでもコイツの説明によれば、”生きづらさ”とは「生きるのがツラい、しんどい」という感覚であり、ボクは”生きづらさ”を感じているらしい。

まぁ、それ自体は否定しない。「人生はツラい、しんどいことばかり」だとすら思っている。

しかしコイツがこの部屋にやってきたのは、ボクが”生きづらさ”を感じているのが原因だという。

…………つまり、アンタがオレの部屋にいるのはアンタの意思じゃない、と?

えぇ。いわばアナタにムリヤリこの部屋へ引きずり込まれたようなモノですね

……人聞きの悪い言い方はヤメロ。つーか別に引きずり込んでないし、出て行きたきゃ勝手に出ていけば良いだろ。というか今すぐにでも出てってくれ

こちとら明日も朝が早いんだ。さっさと寝かせてほしい。

それが……出ていけないんですよね。アナタが”生きづらさ”に囚われている限り

説明によると────コイツはいま「磁石に引っ付いた”砂鉄”」のような状態にあるらしい。

例えるなら、この部屋が”磁石”でボクの感じている生きづらさが”磁力”。
この部屋には住人であるボクの”生きづらさ”の気配が充満していて、磁石のようになっているのだとか。

磁石に吸い寄せられた砂鉄のように、ヤツもこの部屋に縛り付けられている。
砂鉄が強力な磁力にくっついて離れないように、コイツもボクの部屋から出ていけないのだという。

……いや。出ていけないとか言われても、このまま居座られてもコッチだって困るんだけど?

するとヤツは身を翻し、ふわりふわりと玄関の方へ向かっていく。
その姿を後ろから追いかける。

通路を抜けて玄関扉へたどり着くかと思われたが、徐々に移動速度が鈍くなる。
まるで背後から引っ張られているように。

次の瞬間────ヤツの体が何らかの強い力に引っ張られるように、こちらへ飛んでくる。
────そして気がつけばボクをすり抜けて背後、先ほどまで居た部屋の中央に戻っていた。

……このように、この部屋から離れようとしても引き戻されてしまうのです

……ひとまず「この部屋から出られない」って言葉は信じる。となると、アンタはこの先ずっとこの部屋に居座るってことか? どうにかして出ていく方法はないのか?

方法はあります。それは、アナタが“生きづらさ”を克服するコトです

磁石から磁力が失われれば、砂鉄は自ずと剥がれ落ちる。

それと同じようにボクが生きづらさを「克服」すれば、ヤツを引き寄せる力も失われてこの部屋から離れられる────という理屈らしい。

なるほど、ロジック自体は理解できないでもない────だが、しかし。

「生きづらさを克服」って…………どうやって?

それはズバリ【生き方のカタづけ】が必要です

……生き方の、かたづけ……?

そうですね。例えるならいまのアナタの人生は、この部屋みたいな状態です

オレの人生が、この部屋みたいな状態……?

言われて部屋を見回す。いわゆる四畳半のワンルームのあちらこちらに、生活の痕跡が山積みになっている。

部屋の中央には万年床、最後に布団を干したのはいつだっただろうか。
その周囲には開封された段ボール箱やビニール袋、たたまれていない洗濯物の山。

物が雑然と積まれ、家具本来の役割を完全に失っている机やタンス。
観察するほど荒れ具合が見て取れて、自分の部屋ながら羞恥心が湧き起こる。

アナタにとって、この部屋は住みやすいですか?生活していて快適でしょうか?

……まぁ、快適ではないかな

ですよね。見るからに狭くて足の踏み場がなさそうですし、これだけモノが散らばっているとどこに何があるかわからなくなりそうです

……容赦のない言葉にイラッと来るものの、ヤツの指摘は事実でしかない。

足の踏み場がなく、部屋の中を行き来するのも一苦労。
誤ってコードやケーブルに足を引っ掛けてしまったり物を踏みつけてしまったのは一度や二度ではない。

使いたい物が見つからず探し回るのも日常茶飯事。
探すために置かれた物を薙ぎ払って積まれた山をひっくり返して、ようやく見つかったときには探す前よりも部屋が散らかってたなんてのもよくある。

ではこの部屋を住みやすく、快適に生活できる環境にするには何が必要だと考えますか?

そりゃ、まぁ……部屋を片付けること、だよな

“生きづらさ”も同じ。生きづらさを克服するには、アナタの生き方をカタづける必要があるんです

先ほどの「アナタの人生はこの部屋みたいな状態」という言葉は、何となく理解できる。
ボクの人生もこの部屋みたいに散らかった状態なのだと言いたいのだろう。

確かに人生を部屋になぞらえるなら、ボクの人生は「キレイに片付いた部屋」とはとても言えない。
グチャグチャのゴチャゴチャ、何がどこにあるかもどこから片付ければいいかもわからない状態だ。

すると”アナタの生き方を片付ける必要がある”もニュアンスは掴める。
恐らくはこの部屋を片付けるように、オレの人生もキレイな状態にしろということなのだろう。しかし。

……雰囲気はなんとなくわかるが、「生き方を片付ける」ってどうやって?部屋みたいにゴミを捨てて掃除して、って訳にはいかないだろ

はい。ですからこの身はこれからアナタに【生き方のカタづけ】を伝授します。そしてアナタはその教えに従って生き方をカタづけていただきます

そうして生き方をカタづけた暁には、アナタは”生きづらさ”を克服し、この身もこの部屋から解放されるでしょう。いわゆるWin-Winの関係ですね

……待て待て待て、何か妙な流れになってるぞ?生き方の片付けだか何だか知らんが、そんな変な教えを受けるつもりは────

アナタが生きづらさを克服するにはソレが最短ルートだと思うのですが……他に何か方法の心当たりが?

心当たりなど、ない。
本当ならば有無も言わさず強制的にこの部屋から追い出したいのだが、それは不可能。

コイツには「肉体」が無い。
それは先ほどのやり取り──コイツが玄関から部屋まで引き戻されたとき、その軌道にいたボクにぶつからずすり抜けていったのを見れば確かだ。
そして今もコイツの姿は鏡に映っていない。となればやっぱりコイツは物質的な存在では無いのだろう。

物質的な存在でない以上は物理的な手段での排除は叶わない。
そして真偽はともかく、コイツ自身が「部屋から出ていけない」と主張する以上はコイツの意思でこの部屋から出ていく気も無いだろう。

となれば消去法的に、現状ではコイツの提案を受け入れざるを得ない。実に不本意ではあるが。

……オレが、その「生き方の片付け」とやらをマスターすれば、この状況は解決するのか?アンタはこの部屋から出ていけるのか?

はい。アナタが”生きづらさ”を克服して下されば、この身がこの部屋に縛り付けられるコトもなくなります

……んで、その”生きづらさを克服”するためには「生き方の片付け」とやらをマスターする必要がある、と

ちなみに、生きづらさを克服するにはどれくらいの時間がかかるんだ?

……それは明言できませんね。アナタの抱える”生きづらさ”によりますし、アナタの取り組みにもよりますので

……要はすべてボク次第、と。
何をさせる気かは知らないが、他に選べる選択肢が無いのなら仕方ない。

こちらとしてもこんな謎の輩にいつまでも居座られるのは勘弁だ。
コイツを追い出せる手段があるのなら「溺れる者は藁をも掴む」精神で望むとしよう。

それに「生きづらさを克服」というのも、悪くない話だ。
ボクとしても生きづらさ────「生きるのがツラい、シンドい」という感覚はままある。
それが完全ではなくとも、少しは楽になるとしたらありがたい話ではある。

…………わかった。それで、その「生き方のかたづけ」ってのは、具体的にどんなことをすればいいんだ?

その前にお願いがあるのですが……この身に名前をつけていただけませんか?

…………名前?

この身には名前がありません。ですが折角こうして存在を得たのですから、その証として名前が欲しいのです

いわば、今のヤツは「生まれたての赤ん坊」のような存在。
赤ん坊に名前をつけるように自分にも名前が欲しい、というのがヤツの主張だ。

……赤ん坊に名前をつけるのは、人間社会で生活するのに必要不可欠なため。
この部屋でしか存在せず、そもそも人間ですらないのに名前なんて不要ではないかとも思うのだが……。
まぁ、「一個の存在”として認識されたい」という気持ちは理解できる。

……名前って、オレがつけるのか?

はい。どうか、この身にとびっきりの名前をつけてはもらえませんか?

……ちょっと、考える時間をくれ

向けられる期待の眼差しから目をそらすように、目を閉じて腕を組む。

まいったな、センスには自信がないんだが。
昔から自信満々でつけた名前は人から笑われたり、バカにされたりと良い思い出がない。

しばし考えた後、頭に浮かんだのは────

…………そうだな。「生方アカリ」というのは、どうだろう?

うぶかた、あかり────ですか

「生方(うぶかた)」は先ほどから会話に散々出てきた「生き方」から。
「生き方」では直球だし人名っぽくないので少し捻って「生方」とした。

「アカリ」はコイツの第一印象から。
雰囲気も感情もとにかく「明るい」し、それにコイツが放つ光は「灯火(ともしび)」のように思えた。

────と自分なりにない知恵絞って考えたのだが、変に思われないだろうか。
チラと反応を伺うと────”生方あかり”は喜色満面といった様子。
即興で考えついた名前だったが思いのほか好感触のようで、安心するやら気恥ずかしいやら。

ありがとうございます、とても素敵な名前ですね!では今からこの身は『生方あかり』です。改めまして、よろしくお願いします!!