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第2章:部屋のカタづけ

1章のまとめ

  • 『生きづらさ』とは「自分の生き方に”不自由さ”を抱えている」状態
  • 不自由さの原因は、普段から抱えている深い悩みや問題
  • 生きづらさを克服するには、その悩みや問題を解決する必要がある

……で。「生きづらさの克服」と部屋の片付けに何の関係があるんだ?

アカリの説明によると────『生きづらさ』とは「悩みや問題がボクの生き方を邪魔している状況」らしい。
──「将来に不安や焦りを感じる」、「自分で自分がよくわからなくなる」、「自分が嫌い」。
確かにボクはこれらの問題に悩み、苦しめられている。これらの問題は「ボクの生き方の邪魔をしている」と言えなくもない。

そして生きづらさを克服するには「生き方の邪魔となっている人生の問題を解決しなければならない」とアカリは云う。
「その人生の問題をどうやって解決するのか?」との質問に対しては「『生き方のカタづけ』が必要」との答えが返ってきた。
「『生き方のカタづけ』とは何か?具体的に何をすればいい?」と質問し返すと────「まずは『部屋のカタづけ』から始めよう」との答えが返ってきた。

大いに関係あります。なぜなら『部屋のカタづけ』は生きづらさを克服するためのファーストステップなのですから

『生きづらさ』と部屋の関係

ファーストステップ……ってことは、『生き方のカタづけ』とやらをする前に部屋の片付けをしなければならない、ってことか?

はい。言い換えるなら「部屋のカタづけが”生きづらさ”の克服につながる」というコトですね

……「部屋の片付けが生きづらさの克服につながる」?そんな馬鹿な。

当然、いきなりそんなコトを言われても理解が追いつかないでしょう。順番に説明しますね

……そういえば昔に片付けが世間でブームになったことがあったな。
あのとき「部屋を片付けると人生がうまくいくようになる」なんて言説を耳にした覚えがあるが……。
まさか、これから出てくる話もそういう類なのかもしれない────そう思うと自然と身構えてしまう。

まず最初に明らかにしておきたいのが「アナタの生きづらさの原因はアナタの生き方にある」というコトです

……それはつまり、オレが生きづらいのはオレの生き方が悪いから、自業自得だっていいたいのか?

意識せずとも声に怒気がこもってしまった。
しかし「生きづらいのは生き方が原因だ」などと言われてムッと来ない方が難しいだろう。
そんなボクの態度に何かを感じたのか、アカリは「違う」と言わんばかりに目の前で手を振る。

いえ、アナタの生き方が悪いというより「アナタの生き方の”クセ”が生きづらさの原因をつくり出している」と表現した方が正確ですね

……「生き方のクセが生きづらさの原因をつくり出す」?

そうですね、イメージとしては「ストレートネック」みたいなモノでしょうか

ストレートネック?

『ストレートネック』とは別名「スマホ首」。
目線を下に向けて頭が俯いた姿勢が長時間続いたことで、首の骨が本来のカーブを失って真っ直ぐになってしまう症状。
体が本来あるべき形から歪んでしまうことで筋肉や神経への負担が増し、頭痛や肩こりといった不調を引き起こす。
このように普段の何気ない”クセ”が少しずつ体を歪め、気づいた頃には体調という形で悪影響を表に出る。

『生き方のクセ』にも同じことが言える。
無自覚に繰り返している”クセ”が実は思考や行動を歪め、生き方に偏りが生じさせる。
そしてその歪みや偏りはいずれ人生に問題を引き起こす、ボク本来の生き方を妨げる────というのがアカリの説明だった。

……なるほど。普段の何気ないクセが、実は体の歪みや体調不良の原因になってたりする訳か

はい。それと同じ様に、アナタの生きづらさの要因もアナタが普段から何気なくやってしまっている『生き方のクセ』

ですから生きづらさを克服するには、アナタの『生き方のクセ』を改める必要があります

……「生き方のクセが生きづらさの要因」ってのはまだピンとこないけど、理屈はわかった。けど生き方のクセと部屋の片付けに何の関係があるんだ?

その”生き方のクセ”を改善する第一歩が『部屋のカタづけ』です

部屋は生き方の鏡

……いやいや。「生きづらさを克服するには”生き方のクセ”を改善しなきゃいけない」ってのは理解できる。けど改善する方法が、部屋の片付け?

なぜ『部屋のカタづけ』なのか。それは、部屋とはアナタの”生き方の鏡”だからです

……部屋が、オレの生き方の鏡?ますます意味がわからない……

『鏡』とは「モノゴトを映し出す」例え。つまり言い換えるなら「この部屋には普段のアナタの”生き方のクセ”が映し出されている」というコトです

……この部屋に、オレの生き方のクセが……?

はい。言い換えるなら「この部屋が散らかっている原因はアナタの『生き方のクセ』にある」というコトですね

……なんだか抽象的だな。もう少し具体的に、「こういうクセが原因」って説明はできないのか?

具体的な要因はいくつもありますが、代表的なのは「出しっぱなし」でしょうか

「出したら戻す」──これは文字通り「使った物は元あった場所に戻そう」という片付けの基本。
使い終わった物は元あった保管場所に戻す、を繰り返していれば部屋は自然と散らかりにくくなる。
「出しっぱなし」はその逆──つまり「出した物を本来の場所へ戻さず、手近な場所に放置する」行為を指す。
出しっぱなしが繰り返されれば部屋の中には放置された物が増殖し、結果として部屋全体が散らかっていく。

どうでしょう。アナタはこの部屋でモノを出しっぱなしにしてしまってはいませんか?

……言われてみると確かに、ついついモノを出しっぱなしにしてしまうクセはあるかな

ではなぜアナタは出しっぱなしにしてしまうのか?────それは”後回し”のクセにあります

出しっぱなしの正体は”後回し”のクセにある。
使い終えた瞬間に戻さず、「あとでやろう」と行動を先送り──つまりは”後回し”にしてしまう。
そしてその「あとでやろう」が後で実行されることはなく、部屋はどんどん散らかっていく。

アナタがモノを出しっぱなしにするときを思い返してみてください。出しっぱなしにするタイミングで「今は戻す必要はない」とか「いつどのタイミングで戻そうか?」とか考えていましたか?

いや、そういうことは特に考えていないかな。それこそ「何となく」出しっぱなしにしちゃう感じ

「何となく」とはつまり、無意識であり無自覚────つまり『クセ』です。アナタには「面倒だ」と思ったモノゴトを”後回し”にしてしまう『クセ』がある

……言い返したいが、ぐうの音も出ない。
部屋の隅に山積みになっている開封済み段ボールも、床や机に散らばっている物たちも「後で片付けよう」と後回しにしたまま放置した結果。
その後回しも意図的ではなく「何となく」、無自覚にしてしまっているのだから────アカリの「後回しグセがある」との指摘はその通りだろう。

「出したモノを戻すのは面倒くさい」「部屋を片付けたいけど面倒くさい」────そうやって色んなモノゴトを”後回し”にしてきた結果がこの部屋。つまりこの部屋にはアナタの”後回しクセ”が反映されているんです

『生き方の癖』が生きづらさの原因

そしてその”後回しクセ”はアナタの『生き方のクセ』の一つ。アナタは自分で気づいていないだけで、きっと”後回し”をこの部屋のみならず部屋の外でもやっているコトでしょう

もっと穿った言い方をしてしまえば、アナタの”後回しクセ”はアナタの生きづらさの要因の一つ。アナタの”後回しクセ”がアナタの人生に生きづらさをつくり出している

……それは話が飛躍しすぎてないか?確かにオレに物事を後回しにしてしまうクセがあるのは認めるが、それがオレの生きづらさの原因だって?

はい、アナタの”後回しクセ”はアナタの生きづらさの要因の一つです。しかしその理由を説明する前に、『部屋は生き方の鏡』という話題に決着をつけましょう

部屋という”鏡”で『生き方のクセ』を自覚する

問題を根本から解決したいなら、問題そのものへの対処も必要ですがそれ以上に問題発生の要因となる”クセ”を矯正する必要があります

ああ、なるほど。ストレートネックによる頭痛や肩こりを薬やマッサージで治したところでそれは一時しのぎ、また痛みが起こる。だから発生原因である「首を傾けたまま長時間スマホを眺めてしまうクセ」そのものを直さなきゃいけない、みたいなものか

その通りです。そして『生きづらさ』も同じ、その要因である悩みや問題を解決しても一時しのぎに過ぎません。根本から解決するには『生き方のクセ』自体を矯正する必要があります

しかし『生き方のクセ』の矯正は簡単ではありません。なぜならクセとは無意識的に、自覚なくやっている行為だからです

ああ、そっか。そりゃ自覚なくやっている行動を直すのは難しいわな。そもそもクセそのものを自覚できていないんだから

そこで『部屋のカタづけ』です。部屋のカタづけへの取り組みは、自身の生き方のクセを自覚するチャンスなのです

アカリの説明によれば────『部屋のカタづけ』とは、単に「部屋をキレイにする」だけではなく「部屋が再び散らからないようにする」ところまでが含まれている。
部屋が再び散らからないようにするには、部屋をカタづけながら「なぜ散らかってしまうのか?」を追及していかなければならない。
そして部屋が散らかる要因を追及していくと、自分が普段から部屋で何気なくやってしまう”クセ”に行き着く────ということだった。

……なるほど。オレの部屋が散らかっているのは後回しグセ以外にも原因があって、部屋を片付けることでその”クセ”に気付けるようになる、ってことか

はい。そのためには単に部屋をキレイにするだけではなく、常に「なぜ散らかってしまうのか?何が原因なのか?」を考えながらカタづける必要があります

……そういうことを考えながら片付けるのは難しそうだな

そのための手段や方法は別の機会にちゃんと説明しますのでご心配なく。とにかくこの身が言いたいのは「部屋をカタづけるコトで自分の『生き方のクセ』を自覚できるようになる」というコトです

そして『生き方のクセ』を自覚できたなら、以降はそれを矯正していけば良い。どうやって生き方のクセを矯正するのか、は追々に説明しましょう

部屋のカタづけが『生き方のクセ』を矯正する

では先ほどは後に回した話、「なぜ『部屋のカタづけ』が生きづらさの克服につながるのか?」を説明しましょう

結論から言えば、部屋をカタづけるコトで生きづらさの要因である『生き方のクセ』を自覚し、矯正していくコトができるからです

生きづらさは人生で抱えている”悩みや問題”から生じるが、その”悩みや問題”が発生する原因は『生き方のクセ』。
であるから部屋のカタづけによって『生き方のクセ』を自覚し矯正すれば、生きづらさの要因である”悩みや問題”も自ずと解決される────というのがアカリの説明。

先ほどの『ストレートネック』の例えに当てはめれば「頭痛や肩こり=生きづらさ」「ストレートネック=悩みや問題」「頭を傾けた姿勢を長時間=生き方のクセ」、といったところだろうか。

「部屋のカタづけで『生き方のクセ』を自覚して矯正していく」ってのは理解できる。オレがわからないのは、さっき言われた「後回しグセがオレの生きづらさの原因」って部分だよ

『生き方のクセ』が人生に及ぼす影響

では質問です。部屋以外、例えば仕事や友人との付き合いで「後回し」をしてしまった経験はありませんか?

そして、その「後回し」が原因で何か問題が起こってしまった覚えはないでしょうか?

アカリの質問ですぐに思い浮かんだのは、つい先日に会社でやってしまった失敗。
上司に小さな用事を頼まれた。すぐに終わらせられる内容だったが、その時点で手掛けている業務もあったし「後で時間があるときにやればいいや」と思って後回しにしてしまった。
しかしその後に急用が入ってしまい、頼まれた用事をすっかり忘れてしまった。もちろん大目玉を食らった。

……そう言われると、そういう経験はあるな。それもちょくちょく、後回しが原因のミスとか失敗もある気がする

「出しっぱなし」を繰り返せば部屋が散らかるように、人生で「後回し」が繰り返されれば何らかのミスや失敗は起こり得ます

そして、小さなミスや失敗が積み重なれば大きな問題となります。それこそアナタの人生を左右するような大きな問題に

小さなミスや失敗が積み重なって大きな問題に────そう言われて、ある同僚が思い浮かんだ。
その同僚は普段からテキトーでお調子者で、それが原因のミスや失敗も少なからずあった。
最初はボクを含めた周囲も笑って許した。悪気がないのは理解していたから。
しかしミスや失敗が繰り返されるうちに不満や苛立ちが募り、今では「重要な仕事を任せてはいけない社員」扱いされている。
同僚は周囲からの視線や評価に気づかず「つまらない業務ばかり、もっと大きな仕事をしたい」と不服を漏らしている。

────ボクは同僚のようになってはいないだろうか?
自分でも気づかない内に、ほんの些細なクセが積み重なって周囲の信用を損ねていないだろうか?
そういえばボクは受信したメッセージへの返信を”後回し”にしてしまうクセがある。
「お前にメッセージ送ってもなかなか返ってこないよな」と笑って済ませてくれる人もいるが「早く返事を返してくれよ」と怒られることもある。
……そう思うと急に、アカリのいう「『生き方のクセ』が生きづらさの原因」という指摘が現実味を帯びてきた。

……そう言われてみると「後回しグセが生きづらさの原因」って指摘も思うところがある気がする

はい。そしてアナタの人生には”後回しクセ”以外にも気づかずにやってしまっている『生き方のクセ』があり、それらが生きづらさの要因になっています

ですから生きづらさを克服するにはそういった、生きづらさの要因となっている『生き方のクセ』を自覚して矯正していく必要があります

……んで、その『生き方のクセ』を矯正していくのが部屋の片付け、って訳か。……本当に部屋の片付けにそんな効果があるのか、怪しいもんだけどな

いえ。部屋のカタづけによって生き方のクセを矯正していく、というよりは「部屋のカタづけは生き方のクセを自覚する”キッカケ”」という意味合いが大きいですね

んじゃあ別に「部屋の片付けで生き方が変わる、生きづらさを克服できる」って訳ではない?

とはいえ部屋のカタづけを継続するコトで生き方のクセを「矯正しよう」とする意識が芽生えるので、まったく貢献しないというワケでもないですね

生き方のクセに気づいて改めるキッカケになる、という意味合いならば「部屋のカタづけで生き方が変わる」と言っても過言ではないかと

理屈としてはわからんでもないが……部屋の片付けにそこまでの力があるのかは未だに疑わしい、ってのが正直な感想だな

モチロン一度や二度、部屋を片付けた程度では効果ありません。それこそ部屋のカタづけが”習慣”になるくらい繰り返すコトでようやく生き方が変化してきます。こればかりは百聞は一見にしかず、アナタ自身に実践してもらう中で体感してもらうしかないのですが

とはいえ、アナタとしても部屋は今のまま散らかっているよりも片付いている方が生活していて気持ちいいのでは?

そりゃまぁその通りだけど、部屋の片付けを習慣に、ねぇ……

でも部屋がキレイになりながら生き方も変化して『生きづらさ』を克服できるようになれば一石二鳥だとは思いませんか?

それは確かにその通りだけど……どうしても部屋を片付けなきゃダメか?

むしろなぜそんなに拒むのですか?部屋をカタづけたくない理由でもあるのですか?

片付けたくないというより……苦手なんだよ、部屋の片付け。だから「部屋の片付けを習慣にしよう」と言われても「よし、わかった」とはなれないんだよね

「苦手」ですか。それは良いコトを聞きました

……オレが部屋の片付け苦手なのがそんなに面白いかよ?

いえいえ。面白いのではなく「アナタの『生きづらさ』の原因がまた1つ見つかった」という意味です

……オレが部屋の片付け苦手なのが、生きづらさの原因……?

部屋の片付けが、というより「苦手意識」の方ですね。『苦手意識』もまた、生きづらさの要因となるような『生き方のクセ』なので

苦手意識とは、特定のモノゴトや状況に対して「不得意だ」「避けたい」と感じる心理的なブレーキである。
苦手意識を抱いている人は得てしてモノゴトに臆病になりやすい。
何らかの機会が訪れたときにも「でも自分にはどうせ無理だ、できない」と考えてしまい行動を躊躇、忌避してしまう傾向にある。

行動の躊躇や忌避が続くと「自分は何もできないダメな人間だ」と自己嫌悪や無能感に陥る。
あるいは変化・成長の機会を逃し、将来の可能性や人生の選択肢を狭めていることもあり得る。
こういった状況に陥って抜け出せないこともまた『生きづらさ』の原因である────というのがアカリの主張だ。

つまりは「苦手意識が原因で『生きづらさ』を感じている可能性もある」というコトですね

……言われてみると、確かに「苦手意識が可能性や選択肢を狭めている」とは思い当たる指摘だ。
自分は普段から何かモノゴトに参加する機会があったり誘われたりしたとき「いや、自分にはどうせ無理だし」と思って断ってしまう”クセ”がある。
断るコト自体に罪悪感はないが「断ったコトで何らかのチャンスを失ったかもしれない」と考えると────。

……その、苦手意識がどうにかなれば……オレの人生が今より良くなることはあり得るとは思うか?

あり得ますね。モノゴトへの苦手意識が克服できれば、少なくとも今よりはモノゴトに大胆に取り組めるようになる。そしてモノゴトに臆病よりも大胆な方が選択肢が広がるのは確かです

……その「苦手意識を克服」するには、どうすれば?

でしたらなおさら部屋のカタづけ、ですね。では「部屋の片付けが苦手」という”苦手意識”をどうやって克服するか?その具体的なアプローチについては別のタイミングで説明するとしましょう

生き方を改める(良い方向へ変化させる)コトで”生きづらさ”克服へ

さて。ココまでで『生きづらさ』と部屋の関係については一通り説明しました。アナタの「生きづらさの克服と部屋のカタづけに何の関係があるのか?」との質問への回答は、こうなりますね

今回のまとめ
  • 生きづらさの要因は『生き方のクセ』である
  • 部屋は『生き方のクセ』が反映されやすい空間である
  • 部屋のカタづけをキッカケに『生き方のクセ』を自覚し矯正していく

生きづらさをつくり出しているのは『生き方のクセ』、しかし人間はそのクセを自覚できない。ですから部屋のカタづけを通じて『生き方のクセ』を自覚し矯正していこう、というコトです

つまり……部屋の片付けを続ければいずれ生きづらさを克服できるようになる、と?

……まったくの誤りではありませんが、少し違いますね。先ほども触れた通り、部屋のカタづけはキッカケ。生きづらさの克服には『生き方のカタづけ』が必要です

……その「生き方のカタづけ」ってのは、何なんだ?そういえばそのフレーズ、さっきから何度か聞いた気がするが

生き方のカタづけ、とはアナタの抱える悩みや人生の問題を【カタづけの法則】に沿って対処するコト。ひいては【カタづけの法則】に従った生き方をするコトです

……「カタづけの法則」?ま~た訳わからん言葉が出てきたな

これまた先ほども触れた通り、部屋のカタづけは『生き方のカタづけ』の前段階──いわば【カタづけの法則】を体得するための練習というワケです

「体得するための練習というワケです」じゃないんだよ。「生き方のカタづけ」だの「カタづけの法則」だの訳のわからん言葉が続くからまったく説明になってない

はい、もちろん存じています。ではココからは「部屋のカタづけ」や「生き方のカタづけ」の根幹となる【カタづけの法則】について説明しましょう